二番目の
「私は男に産まれたかったんだ」
城壁の先を見据えたまま、よく通る凛とした声で姫はいった。
「男に、ですか」
「男に産まれていれば剣術を習うことができたし、馬に乗って駆けることができた。それこそ、自分が王位を継ぐこともできる」
城壁の外まで見下ろせる展望台は晴れていれば強風に見回れる。風のせいで姫の御髪は乱舞し、顔を拝見することもままならない。
だからこそ、姫の声に羨望の色を感じられた。
「私はお前が羨ましいよディバン」
「……羨む要素などどこにもありませぬ」
「男という性別という時点で羨むには十分な理由だ」
何がおかしいのか、ククッと喉を鳴らして笑ってみせる。
「私はお前のように、騎士になるのが夢だったんだ」
「……実際になるときついですよ」
「だろうな、けれどそうやって国のために生きてみたかった」
姫が発する一言一言全てが過去形になっているのに気づいてはいた。けれど、返す言葉が見つからず見つめることしかできない。
全てが過去形なのは、きっと姫自身の立場を理解しているからだろう。姫は女性である身、政治に関わることもできず、たとえ剣術が長け、馬に乗って駆けるのを好んでいてもいつかは国のために顔も知らぬ男の元へ嫁がねばならない。一番望む願いを叶えられないと重々理解しているからこそ、過去形で話す。姫の心情を思うと、胸が痛んだ。
「……では、二番目は?」
「二番目?」
「一番の願いは私では叶えることはできません。ですが、もし二番目の願いがありましたら……私がその願いを叶えさせてください」
自分でも無茶ぶりをしているとわかっていた。だが、こうして全てを諦めてしまう姫がなんとも哀れで仕方ない。彼女に仕える騎士として、自分に出来ることであれば叶えてあげたかった。
ずっと城壁の先を見つめていた姫がゆっくりとこちらへ向く。
「ディバンは、本当におもしろいやつだな」
振り向いた姫は微笑んでいた。わずかに口元を上げ、目元を細めるその微笑みに息を呑んだ。たったその笑み一つで、心を持ってかれてしまう。声を失い、かける言葉も思い浮かばず石のように固まる自分に姫が目を細める。
「ありがとうディバン、その気持ちだけでももらっておく」
「……出すぎた真似をしてしまい申し訳ありません」
「いいや、お前の気持ちはとても嬉しかったよ」
けれど、と一端言葉を止める。
「残念だが二番目の願いもお前では叶えることができない」
「……なぜ、ですか」
姫はそれ以上話そうとはしなかった。口元に笑みを浮かべるだけのそれが拒絶だとすぐに察した。
「お前だったら絶対に叶えてくれないからだ」
風は激しさをさらに増す。それでも優美に御髪を靡かせる姿はとても美しい。けれど、微笑む姫はどこか悲しげであった。
「お前は本当に馬鹿だな」
珍しく酒に付き合ったかと思えば、自分が話したいことだけ話して眠ってしまった友の頭を軽く小突く。見た目に反して酒の弱い友は酔うと普段抑えている枷が外れてぺらぺら喋り出す。それが面白くて呑ませるのだが、どうやら今回は外れだったようだ。というか、遠回しにのろけられたのが腹立つ。
「お前だから叶えられないってことは、ようするにお前だけが叶えられるってことだろ」
もう眠りの世界に旅立ってしまっている友を見下ろす。姫の遠回しの告白を朴念仁の男は全く気づけなかったのだ。そう、最後の最後まで。
「結局似たもの同士だったってことだな、お前も姫様も」
だからこそ報われてほしかった。と、口にはできなかった。酔っぱらいののろけ話に当てられたせいで胸くそ悪い思いでいっぱいだ。とっとと流してしまいたいと残った酒を飲み干した。