彼岸花と誓いの言葉


風に乗って花の香りが鼻腔を擽った。辺りを見渡すと、橋近くの柳の下に花が咲いているのを見つける。
まるで血のように赤黒い花。細長い花弁が連なったそれは遠目からでもとても目を引く。まるで自分を見ろ、そういっているように感じさせるのはただの気のせいかもしれない。

「どうした」

じっと見つめていたのに気付いた相手が不思議そうに尋ねてくる。眉間に皺を寄って不機嫌そうな顔を浮かべている。だいたいこういうときの顔は自分以外に意識を向けたときだ。相変わらず嫉妬深い男だとくすりと笑う。

「いやね、あの花なんていうんだろうって思って」
「花?……ああ、彼岸花か」
「ヒガンバナ?」

初めて聞く名に尋ね返す。彼が花の名前を知っているとは思わなかったから驚きを隠せなかった。そんな自分に相手は不本意だと顔に描いて睨んで来る。

「あんなのどこにでも咲いてるぞ」
「そうなの?」
「ああ、誰でも知って……」

そこまでいってしまったという顔で口を押さえた。そうか、誰でも知っていることなのか。自分の無知さを曝してしまい、羞恥のあまり頬が熱くなる。顔を見られたく無くて伏せると頭上から相手の申し訳なさそうな声が聞こえる。

「あー……ごめん、今のはいい方が悪かった」
「ううん、そっちが謝ることじゃないから。自分が……」

それ以上言ったところでただの言い訳にしかならないと察し、口を閉ざす。二人の間に気まずい雰囲気が流れる中で、相手が話題を変えようと話を切り出す。

「彼岸花って花言葉があるらしい」
「花言葉?」
「姉上が話していた……あの人、そういうのやけに詳しかったから」

嫌でも憶えた、とげんなりと話す相手がなんだか面白くて吹き出してしまう。きっと一方的に話しをされていたのだろう。その光景がすぐに想像が出来てさらに笑いが込み上げる。そんな自分に恨めしそうに睨んで来る相手にすぐさま謝って話の催促を求める。

「それで、どんな花言葉なの?」
「……『また会う日を楽しみに』」

浮かべた笑顔が一瞬で固まった。息が、止まるかと思った。
沈黙が二人の間に流れ、それがやけに長く感じた。相手が顔を上げる。何か言いたげな瞳が自分を映す。その瞳がさらに言葉を発するのを奪った。

「……これが、最後だと思ってないからな」
「っ」

先に発したのは相手だった。いつになく真摯な顔つきで、自分を見つめたまま口にする。その言葉に、胸が震えた。

「次に生まれ変わったら、またお前に会いに行く」
「……もしかしたら、お互い忘れてるかもしれないよ」
「忘れるものか、忘れたとしてもきっと俺はもう一度お前を好きになる」

だから、と一度言葉を切って自分の手を握りしめた。

「お前も、俺を見つけてくれ」
「……うん」

彼の願いに応えるために自分も強く握り返した。

「僕も見つける。そしてまた君に恋をするよ」

だから何も怖くないのだ。そういえば彼は嬉しそうには微笑んだ。昔と変わらない笑顔に釣られて同じようにはにかむ。

「よし、じゃあいくぞ」
「うん……ねえ」
「ん?」
「今度生まれ変わるときは、女の子になりたいな。そしたら、」

続きを口にしようとする前に、相手の手が伸びる。えっと思ったところで軽く額を叩かれた。

「いたっ」
「馬鹿野郎、別にお前が女でも男でも……どっちでもいいんだ」
「でも、もし僕が女だったら……」
「関係無い」


みを感じるほど握る手に力を込められる。

「結局お前を好きになるんだから、そんなもの関係無い」
「……なにその自信」

きっぱりと言い切られ、笑おうとしたができなかった。目尻から、頬にかけて涙が零れ落ちる。

「本当に、馬鹿だな……」

体を預けるようにして肩に頭を乗せる。秘かに震えていた指先がもう落ち付いていた。

「次会う日まで」
「うん、次会う日まで」

ちらりと先程見かけた彼岸花に視線を移す。変わらず主張するその花の周りを二匹の黒蝶が舞うように飛んでいた。まるで自分たちのようだ、馬鹿らしいことを考えながら再び彼に会うために河へ一歩足を進めた。

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