濡れた後ろ姿



雨は嫌いだ。
服が濡れるし、外に出かけるのも億劫になる。一番嫌なのは癖のある髪の毛が湿気でボリュームがでてしまうこと。それが嫌でたまらない。
でもルカはそんな自分の髪でさえ綺麗だっていう。目が見えないくせに、知ったような口振りで僕の髪を優しく撫でるのだ。触る手は優しいくせに顔は変わらず老けたいかついからそのギャップが面白い。

さて話は変わるけど、僕は外にでるときはいつも赤い傘を差している。町中を散策してるときにとある雑貨屋で一目で気に入って購入したのだ。rosso(赤)、というよりも少し暗い、amarantino(深紅)の方がよく似合う。
外に出るのは億劫だけど、その傘を差したくて出るときもある。だから今日もどしゃぶりの雨の中、傘を差して僕はいま路地裏に立っている。
ザーザー。ザーザー。雨が降る音だけが路地裏を占める。靴が雨に濡れて気持ち悪い。でもそこから立ち去らないのは、傘も差さずにずっと立ち尽くしているルカがいるからだ。

「ルカ」

呼びかけてみるがルカは振り向こうとしない。僕がいるのを知っているくせに、とっくに雨でびしょびしょになった背中を見せるだけ。
無言を通すルカの後ろ姿を眺めていても、ルカがいったいなにを考えているのかわからない。ただ黙って、自分の足下に倒れている男をじっと見つめるだけだった。
男の周りには血溜まりができていた。その血溜まりはルカの靴にまで広がっていたが、雨のおかげで汚れることはない。血はそのままタイルの溝に沿って下水道へと流れていく。
一向に動こうとしないルカにさすがに痺れを切らす。一歩踏み出すとべしゃりと水しぶきが上がって靴にかる。だから雨は嫌いなんだと舌打ちをしてルカに近づいた。

「ルカそのままだと風邪引くよ」

ルカが入るように背伸びして傘に入れた。傘の先から水滴が垂れて僕の頭にかかってくるけどなぜだかいまはそんなもの気にならなかった。
ルカの袖を握って軽く引っ張る。自分が隣に立ったことでルカはゆっくりと男から自分の方へ視線を動かした。サングラスは水滴がたくさんついてしまっているが目の見えないルカにとっては特に不便ではないだろう。ルカは相変わらず無愛想のままだった。サングラスという壁のおかげでルカの瞳まで見ることはできない。だが濡れた後ろ姿を見るよりも、やはり顔を見る方がずっとよかった。

「ジャンマリア」
「帰ろうルカ、もう仕事は終わったよ」

くいくいと何度も袖を引いて帰ることを促進する。ルカは一瞬間を置いてからそうだなと僅かに口元が上げて笑った。雨という壁によって誰も寄せ付けようとしなかった後ろ姿だったのに、いまはこうして僕に向けて笑顔を見せる。やはりルカにとって僕は特別なのだと再確認できて僕も同じように笑顔を作った。

「ルカびしょぬれだから先に服に着替えようね、それからご飯食べに行こう」
「ジャンマリア、ドンの身で無闇に外に出歩くのは」
「はいはいわかってるよ、ちゃんと護衛もつけるから」

ルカの腕に抱きついてまま引いて歩き出す。ルカはやれやれと肩を竦めながら僕から傘を奪って持ってくれる。もうお互い濡れてしまっていて傘を差しても無意味だ。だが少しでも雨を凌げればそれでいい。

ザーザー。ザーザー。雨はまだまだ止む気配をみせない。
薄暗い路地裏には赤い傘を差す僕たちだけ。まるで世界が僕たちだけみたいな、そんな甘い錯覚に酔いしれながら僕たちは濡れてしまった背中を動かない男に向けてその場から立ち去った。


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