ひかれる

どこからともなく聞こえてきたボーイソプラノの声に顔を上げる。声がしたのはすぐ近くの階段だ。段数が多く、段差が高いので街の人もあまり上ることを好まない下り専用で知られている。
そんな階段の前でまだ年若い少年と中年の男が立っていた。
まだ十もいかぬ少年。しかし、天使の輪っかができるほどさらさらな金髪、見ほれてしまうほど愛らしい顔立ちはまるで天使そのもの。
それに比べて中年の男は黒いスーツにサングラス、無精ひげを生やした出不精な印象を与えさせる。
率直な感想でいえば、なんて正反対で不釣り合いな二人組だろう。
どこかのお坊っちゃんか、ボディーガードだろうか。そう予測をたてるも、それもすぐに裏切られる。
なにせ手を差し出したのは男ではなく少年のほうであったからだ。これには自分も周囲も驚きを隠せない。それは強面の男だったようで、男は驚きを隠そうとするが戸惑いは隠せていなかったようで視線をさまよわせながら苦笑をみせた。

「ジャン、そんなもの必要ない」
「僕がしたいんだ、ほら手を出して」

にっこりと天使のような微笑みを浮かべて無理矢理男の手を握った。少年はどうやら天使の顔をしながら一丁前に紳士だったらしい。男は言葉を詰まらせ、なにかいおうとしたがすぐに閉じてしまう。そして、観念したのか少年の手を握り返した。

「なら、よろしく頼もう」

男がいうと少年の微笑みがさらに輝きを増した。あまりの神々しさにうっとりとため息をこぼす。周囲も同じ反応を示していた。それだけ少年の笑顔は魅力、いや魔力を感じてしまう。
そうして男は少年に手を引かれながら階段を下りていった。年も行かぬ少年に手を引かれる中年男性とは奇妙な光景であったものの、なぜだかそれが変な光景とは思わない。しっくりくる、という表現が正しい。
一体あの二人はどういう関係なのだろうか。気になって仕方がなかったが、残念ながら仕事が立て込んでいて追いかけることは泣く泣く諦めるしかなかった。



「ジャンマリア」
「なんだいルカ?」

階段を一段一段下りている最中、中年の男―――ルカは少年ジャンマリアに声をかけた。手はいまだ握ったままである。

「俺は別に手を繋ぐ必要はない」

分かっているはずだ、と手を離そうとするもジャンマリアは離すまいと強く握りしめる。ジャンマリアの行動にルカが名前を呼んで窘めた。

「ジャンマリア」
「ひどいよルカ、僕のこと嫌い?」
「嫌いなわけない、だがその……ドンともあろう方が俺なんかと」

どう言葉を返そうか悩ませ、視線を外す。サングラスの奥の瞳はジャンマリアの瞳と重なることはない。しかし、ジャンマリアはそれでもうれしそうに目を細める。

「僕が繋ぎたいんだ」
「ジャンマリアだから」
「君の手を引くなんて、こんなこと滅多にないじゃないか」

だからさせてよ、と甘えるように指を絡ませていく。一本一本、ルカの指を撫でるように触れる姿はもはや十を過ぎた少年ではない。さすがのルカもこれには言葉を失った。反応を返さないルカにジャンマリアはもう一度呼びかける。

「ルカ」
「……」
「ねえルカお願い」

ルカの胸にも届かない身長で見上げるジャンマリア。ルカは顔を歪ませた。呆れているわけではなく、ただどうしたらいいか途方に暮れているようであった。
やがて、時間を置いてルカが下を向いてジャンマリアの方を見る。そこでやっとジャンマリアとルカの瞳が合わさった。

「……・階段を下りるまでだぞ」

諦めた面もちで告げるとジャンマリアは花を咲かさんばかりに笑顔を見せた。それは階段を下りる前とは比べ物にならない喜びで満ちあふれている。ルカは苦笑を浮かべて肩を落とした。

「じゃあ下りるまでね、僕下りたらジャラート食べたいな」
「食べ過ぎないようにな、でないとあとで俺が怒られ……ってこら引っ張るなジャンマリア」

ジャンマリアは早く早くと急かすように手を引っ張って階段を下りていった。ルカは注意をするが口にするだけでジャンマリアの後ろをついていく。やがて二人は階段を下りるが、そのあとも二人の手が離れることはなかった。



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