脚を売る男と買う男

『From:スワベ
タイトル:無題
本文:いつものところで待っています。』

ああ、またか。受信されたメールを見て溜息をつく。吐き出た息は思ったよりも大きかったらしく、隣にいた友人が声をかけてきた。

「どうした?」
「いや、最近迷惑メール多くてさ……」
「へぇ、アドレス変えたらどうだ?そしたら楽になるぜ?」

俺もついこの間それがひどくて、と自分のことを話し始めた友人の話を適当に相槌を打ちながらメールの本文をも う一度見直す。
『いつものところで待っています。』 ただそれしか書いていない。絵文字も 顔文字もない、簡潔に書かれた一文。それだけで十分だった。
どう返そうか少し悩んだものの、結局同じように簡潔な文章で返信するしかなかった。

『To:スワベ
タイトル:Re
本文:分かりました。いつものところに行きます。』



『彼』の手が自分の脛を撫でる。そこから筋を辿るように指先が下へとねぞられていく。『彼』の荒れた手の感触がくすぐったくて身体を震わせた。だが男 はそれでもなぞる手を止めず、踝を爪で軽く引っ掻いた。突然の刺激に足先がびくりと跳ねるのを『彼』は楽しそうに目を細める。

「最近、感度が上がってきていませんか」
「感度なんていわないでください、ただくすぐったいだけです」
「それは残念」

言葉とは裏腹に楽しげに喉を鳴らし、 顔を近づけて自分の足先に口づけた。 親指から始まり、人差し指、中指と一 本一本丁寧に唇を寄せる。
全ての指に 口づけ終わったと思いきや、今度はもう片方の脚をとって同じように指にキスを落としていく。
その行為を何度も見て来たはずなのにその行動の意図 をいまだに理解できないでいる。
だが、『買われている身』の俺には抵抗などできないので考えることを放棄して『彼』の好きなようにさせた。



『一時間につき三万、それであなたの“脚”を買わせてください』

『彼』は自分のことをスワベといった。
バイトの帰りに突然現れたと思いきや万札を突きだして冒頭の台詞を口にしたのである。
『彼』―--スワベは自分は根っからの脚フェチだと出会ってすぐにカミングアウトした。そしてなにをとち狂ったのか、自分の脚に一目ぼれしたのだという。なんでも以前自分が働くバイト先で足が晒されたときに一目で気に入ってしまったと淡々と話した。スワベの言葉に先日バイト先で客が持っていた熱い飲み物が制服にかかってしまい、慌てて裾を上げてしまったことを思い出す。幸い火傷にはならかなかったが、まさかそこにスワベがいて、こんな状況になるとは考えもしなかった。
突然の申し出に最初は薄気味悪くて断ったものの、スワベは諦めようとしない。スワベは至って普通のサラリーマンにしか見えなかったものだからさらに不気味さが拍車にかかった。
これ以上いうなら警察にと思っていた直後、三万が駄目ならこれならどうだと、スワベはすぐさま財布からもう二万出す。合計で五万、学生の身分からしたら大金だ。そこで開きかけて口を閉ざしてしまう。
たかが脚、されど脚。一時間だけ自分の脚を好きにさせるだけで、その考えが浮かぶとその五枚の紙幣から目を逸らすことができなかった。
そして、タイミングが悪く丁度サークルの付き合いで金欠だったのだ。いとも簡単に心揺れ動いた自分に福沢諭吉という悪魔がせせら笑って自分を誘惑する。
いま自分達が行っているやり取りが売春だと分かっていながら、五人の福沢諭吉に屈服してしまったのである。

それから三カ月、初めて会ったときから変わらず自分はスワベに“脚”を買われていた。



「スワベさん」

声をかけるとスワベが顔を上げる。脚を愛でていた時間を邪魔されて少々不機嫌そうだ。

「なんでしょうか」
「俺の脚って、そんなにいいんですか?」

自分の脚なんて太くもないし、ガリガリと細いわけでもない。少々筋肉がついてるだけの普通の男の脚だと自分では思っている。
だが、スワベはそうじゃない。俺の脚に異常なまでに執着を持っている。それが性的な意味だったらまだ拒絶ができた。
しかし、スワベの触り方はいやらしさなどまったくなく、慈しむかのように愛でる。それはまるで壊れ物を扱うような手つきであった。
そんな大層なものでもないというのに、なぜそこまで自分に脚にこだわるのかまったく見当がつかない。そんな思いを込めて尋ねるとスワベはうっとりと微笑んだ。

「ええ、たまりません。貴方の脚は何度触っても素晴らしい」
「普通の脚だと思うんですけど……」
「そうですね、でも私にとっては極上なのですよ」

恍惚、という表現がよく似合うその微笑みを浮かべてスワベは腿に頬ずりをする。
スワベに会うまでまったく処理をしていなかったスネ毛はスワベの意向で剃られて綺麗に肌が晒されている。
そのため、微かだが直に当たる髪の毛の感触が伝わり、ぞわりと背筋に悪寒が走った。嫌悪とも違う感覚ではあったが自分の意志関係無く鳥肌が立ってしまう。
全身にまで渡ってしまった肌を見て、スワベはまた笑った。

「感じましたか?」
「……スワベさん、わざとやったでしょう」
「いいえ、貴方が勝手に感じたんですよ」
「だから感じたとかいわないでくださいよ」

スワベの言い方はまるで自分がスワベに調教されているようではないか。
心外だといわんばかりに睨みつけるもスワベはそれさえも楽しいのか指でつつっと内股をなぞった。そこでまた背筋になにかが走る。
どう見ても反応を楽しんでいるようにしか見えないスワベの態度が癪に障った。
いっそ抵抗してしまえたらどんなに楽か、そう思っても視界の端に映る札束が入ってしまうとその気も失せてしまう。
それに、自分の脚を愛おしそうに触れるスワベの表情を見てしまうと……なぜだかもう少し触らせてやってもいいかなと思ってしまうのだ。
これはよくにいう絆されてるってやつ?という考えが頭に過るもそれは勘違いだとすぐさま打ち消す。 というか、絆されるってなんだ。
金をくれるから脚を触らせてやっているだけ。そうこれはただのビジネスだ。それ以外になにものでもない。
そう自分の中で言い聞かせて、残りの三十分が早く終わることを願いながら天井の染みの数を数えることに専念した。



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