テレビの向こうで芸人たちが笑ってる。いったいなにが楽しいのかわからない。いや、おもしろい場面なんだろうが……今の俺にとっちゃ下らないものでしかなかった。
「ないわーマジないわー」
こたつにぶっつぶしたまま思ったことを口に出す。自分の台詞に同じようにこたつに入って蜜柑の皮を向くのに専念していた友人が顔を上げた。
「いきなりなんだよ」
「だってよ、大学入ってもう三年経ったのに今年もクリスマスも大晦日もお前と一緒なんだぜ?くそっ、誰だよ大学入ったら彼女なんて簡単にできるっていったやつ!」
キャンパスライフに謳歌する自分を夢見た高校時代。だが大学に入っても彼女はおろかだらだらと過ごして早数年、独り身にとっちゃ苦痛でしかないクリスマスも過ぎてこうして一年が終わろうとしている。
やるせない思いを抱きながら友人が剥いた蜜柑に手を伸ばした。が、寸前のところで手を叩かれて阻止されてしまう。なんて非道なやつだ。
「いいじゃねーかよ一個くらい」
「俺が剥いたんだから俺のだ、食べたきゃ自分で剥け」
「やーだー、俺はカウントダウンを見届けるという使命があるのだー」
「お前それ紅白のときもいってただろ……はあ、しょがないな」
ため息をついて剥いた蜜柑を俺の前に置いてくれる。なんだかんだいってこいついいやつだ。友人の厚意に甘えて蜜柑を一個口の中に入れる。蜜柑をくれた友人は皮を剥いた蜜柑を今度は爪楊枝を使って一本一本筋を丁寧に剥がす作業に勤しむ。筋があったほうが栄養がいいっていうし、面倒くさがりの自分からしたらなんでそこまでするのか理解できない。
「面倒じゃないのか」
「なにが」
「筋取り」
「さあ、いつもしてるから特に思わない」
「うっわ、神経質」
「几帳面っていえよ」
わざとに決まってんじゃん、といったら次から蜜柑をくれなくなりそうだったのでいわずに適当に返事しておく。
なんで男同士で寂しく一年を越すようになったのかというと、俺も友人も二人とも実家が近いからという簡単な理由だった。
家族も家族であまり気にする方でもなかったし、でも一人で過ごすのも寂しい。となると結局帰らないもの同士が残って一年を越すという形に落ち着いた。
だからといって大晦日だからといって特にすることはない。大晦日らしいことといえば紅白を見ながら年越しそばを食べたくらい。あとは各自好きなことをしていたのだが、なんだか飽きてきたので足先で友人の足を突っついた。
「なんだよ」
「暇なんだけど」
「俺は筋取りで忙しい」
「でもよ、せっかくの大晦日だぜ?なんかしようぜ」
「なんかってなんだよ」
「そうだなー……」
いきなりいわれても思いつかない。テレビに視線を戻すとちょうど芸人たちが来年の抱負を語りだしていたところだった。そこでぱっとひらめいた。
「そうだ、そろそろ一年終わるし来年の抱負でもいおうぜ」
「内定取る」
「やめろ、現実見せるな。もっと夢持てよ!」
「抱負ってそんなもんだろ、それ以外になにがあるんだ」
「えー……彼女作るとか」
「それ、去年もいってただろ」
それは抱負じゃなくて願望だ、と鼻で笑って蜜柑を一個口に放り込む。去年のことなんて覚えてないが、友人のバカにしたような笑いに癪に障ってにらみつける。だが友人は気にした様子も見せずまた蜜柑の筋取りに専念する。それがさらに腹が立って色々悪態を吐き続けていたら、気づけば番組の司会者が新年まで1分を切ったと言い出した。そこで一端会話が止まり、出演者たちの騒ぎ声だけが響く。
「……後も少しで一年終わるな」
「そうだな、あっという間だった」
「……来年もよろしく」
「ああ」
そこでまた会話が止まった。別に対したことないけど、なんだか面と向かっていうのに気恥ずかしくなった。もぐもぐと残りの蜜柑を食べることに勤しんでいたら時間はあっという間にすぎてしまう。
『さあ新年まであと十秒!10!9!8!……』
「あ、そうだ俺来年の抱負決めたわ」
「へ?なんだよ」
『3!2!1!』
「お前の彼氏になる」
……ん?
『ア・ハッピーニューイヤー!』
テレビの出演者たちが一斉に大声を上げた。画面の中では花火が上がり、全員で一年の始まりを祝い出す。本当なら俺もその言葉を友人にいうべきだった。しかし、いまそいつらと同じように祝う余裕などない。
「な、なあいまのって」
「冗談じゃないから。あ、いい忘れてたけどあけましておめでとう」
「あ、あけましておめでとう……」
「ってわけで、俺今年は内定とお前をゲットすることに力入れるわ」
だから今年もよろしく。となに食わぬ顔で再び蜜柑を手にとって皮を剥き始めた。お前はなぜそこまで剥くことにこだわる。
あまりに軽いノリでいわれたもんだからつられて「お、おうよろしく」と返事してしまう。どう考えてもよろしくなんてできるわけない。
こうして俺の一年は目の前の友人の爆弾発言によって一年とその他もろもろが終わりを告げ、新たに怒濤の一年を迎えることとなった。