ハッピーエンド

リンゴーン。リンゴーン。
教会の鐘が鳴り響く。新たな門出を祝福するように、鐘は延々となり続ける。
教会の入り口では、新たな門出を祝福された夫婦がお互いの顔を見合わせながら幸せそうに微笑んでいた。
少し離れたベンチに座ってその光景を眺める。誰が見ても幸せといえる光景に思わず口元を緩ませた。

「あの輪に入らないんですか」

隣に誰かが座ってきた。声だけで誰かは分かった。新郎新婦から視線を外さずに言葉を返す。

「お前こそいいのかよ」
「僕はいいんですよ、それより新郎の親族である貴方がいなきゃダメでしょ」
「いいじゃないか、ちゃんと見えるところにいるだろ」
「いっておきますがここ結構離れてますからね?そのうち新郎新婦が探し出しますよ」

「あの二人、貴方のこと大好きですから」と同じように相手も新郎新婦を見る。確かにあの二人ならやりかねない。慌てて自分を捜す二人を想像して笑いがこみ上げる。そしたら「笑うところじゃないでしょ」と軽く叩かれた。

「で、なんでこんなところにいるんですか?」
「んー……ちょっと感慨深くなっただけ」
「そんな花嫁の父じゃあるまいし」
「でもそれぐらい俺にとっては嬉しいことなんだよ」

花嫁が手を振って勢いよくブーケを投げた。弧を描いて宙を舞うブーケに女性たちが必死になって取ろうとする。誰もが次の幸せになろうと死に物狂いで奪い合う姿は男からすると恐ろしいものだ。

新郎はその女性たちに引き笑いで、新婦はあらあらと楽しそうに眺めていた。仲睦まじい二人の様子が微笑ましくて目を細める。
すると、同じように見ていた隣の男が口を開いた。

「……あんたさ」
「なんだよ」
「お兄さんのこと、好きだったでしょ」

あまりにも唐突すぎる男の言葉に耳を疑った。新郎新婦から男へ首を動かす。男は新郎新婦から視線を外さず言葉を続ける。

「気づいてないと思ってました?」
「……なにいってるんだ、家族なんだから好きに決まってるだろ」
「うそつき」

軽くこちらを一瞥して鼻で笑う。そのバカにした笑い方が癪に触った。こちらも負けじと睨みつけるが、男は気にした様子も見せず嘲笑の笑みを浮かべる。

「好きなら奪えばいいんですよ」
「できるわけないだろ、俺たち兄弟なんだから」
「半分しか血繋がってないじゃないですか」
「半分でも兄弟には変わりない」

ムキになって言い返したところで自分の言動が認めている言い方になっているのに気がついた。これではこの男の思うツボではないか。
これ以上いうまいと黙っているとずっとこちらを見ていた男がぽつりと呟いた。

「だっておかしいじゃないですか」
「おかしい?」
「……あんただけ、幸せにならないなんて不公平でしょ」

憎らしげ吐き捨て、視線を兄たちへと戻す。腹立たしいといった態度に開いた口が塞がらない。どうやら、自分は男の中で失恋した可哀想な奴と思われているようだ。さっきまでの言葉も、男なりの慰めの言葉だったのだと今更理解する。気づけば手を伸ばしてわしゃわしゃと男の髪を撫でていた。

「ははっ、お前……いい奴だなぁ」
「ちょ、せっかくセットした髪が崩れるでしょっ」
「ありがとな、でもいいんだ」
「よくない」

「いいんだよ、これが俺の望んだハッピーエンドなんだから」

そうだ、これが俺の望んだ結末だ。兄が、世界で一番大事な人が、いつまでも幸せに暮らしていける。そんな笑えるくらいありきたりな最後をずっと願っていた。
それが俺でなくていい、兄にとって俺は守る存在でしかない。だから、そんな兄を支えてくれる人が現れて、こうして迎えた結末を喜ばない家族はいない。
男は目を見開いて信じられないものを見るかのように自分を凝視する。そして、時間を置いて男が笑いだした。先ほどまでのバカにした笑い方ではなく、呆れ返ってこみ上げて吹き出したといった類の笑みだった。

「……バカですね、あんたも」
「失礼だな、バカはないだろ」
「バカでしょ、大バカすぎて笑っちゃう」
「俺は真面目にいってるのに……」
「だって本当にバカなんですもん……でもま、あんたらしいけど」

目を細めて楽しそうに微笑む。なんだか気恥ずかしくなってあっそとそっけなく返す。
それを狙ったかのように自分を呼ぶ声が聞こえた。兄たちだ。花嫁が手を振って自分を呼ぶ。その隣で兄が微笑んで手招きをする。

「いま行くよ」

ベンチから立ち上がって歩き出す。男が後ろからついてきたが気にせず二人の元へ向かった。

リンゴーン。リンゴーン。教会の鐘が鳴り響く。
誰もが羨む夫婦への祝福の音。長年の片思いに終止符を打つための合図。
そうだ、これが俺の望んだハッピーエンドだ。幸せでないなんていわせない。
それでも沸き上がる激情を笑顔で隠して、兄たちの元に歩み寄る。


「結婚、おめでとう兄さん」




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