ひとひら


美しい薔薇には棘がある。

昔からよく聞く言葉はあながち間違っちゃいないなと、目の前の相手を見ながらしみじみと思う。

「ジロジロ見るな、虫酸が走る」
「……そりゃあすみませんね」

美貌の想い人からの冷たい一瞥と言葉をもらっても、我々の業界ではご褒美です。でも口にしたらまた絶対零度の一瞥喰らうからいいません。そこまで鋼の心持てれてないのよオレ。
本当ならいまやらねばならない課題が目の前にあるのだけれど、それに対してのやる気も熱意も0。シャーペン握る気も起きません。だから、やることといったら自分の世界に籠もって本を読むあいつを見ることしかできない。
自分達しかいない教室。あいつがページをめくる音が教室中に響く。
まるで世界で二人っきり、なんて大げさにいいたいけど残念ながらグランドで汗水流している野球部のかけ声のおかげで台無しだ。シャーペンを再び握って、課題に取り組む…振りをしてチラリと視線を向ける。

(相変わらず、ムカつくほど整った顔だこと…)

たとえ読んでる本の表紙がグロホラーなものでも、顔がよければその本さえも引き立てる要因の一つとなる。美形って、本当に得ですね。爆発しろ。
だが、顔がいいからとほいほい近づいても冷たく突き放されて泣く泣く離れるのがオチ。まるで薔薇だ。美しすぎる薔薇にはいつだって傷つけるための棘がついている。俺もその棘に耐えて耐えて耐え続け…その甲斐あっていまこうやって向かい合って話ができるぐらいになった。冷たいされてるじゃんって?うっせぇ、無視よりマシだ。
近い距離にいれても、いつも澄ました顔で他人を見下す思い人。どんなことが起きても表情が変わることなどない。その余裕な態度を崩してみたいと思ってしまうのは、よくにいう男の性ってやつなのだろう。

(あー、その高慢な態度を崩せたらどんなに愉しいだろ…)

もしも、この机に押し倒したら、こいつはどんな反応をするだろう。
最初はネクタイ、次にシャツ、その次にベルト、そして…どんどん広がる妄想は止まることを知らない。
ひとひら。またひとひら。花弁を毟り取るように彼の衣服を奪い取ってやったら、こいつの顔は絶望に打ち震えるのだろうか。それとも怒りで我を忘れるのだろうか。それとも―――

「―――い、おい。聞いてるのか?」
「え?あ、ああ…わりぃ、聞いてなかった」

妄想に集中するあまり、呼ばれていることに気付かなかった。素直に謝るも無視されたことが癪に障ったのか眉間の皺がまた一本増える。機嫌を損ねた女王様のご機嫌とりをするために、慌てて頭を下げる。

「悪かったって、これ終わったら待っててくれた礼になんかおごる!」
「……その言葉、忘れるなよ」

帰りは月見バーガーセットな、とだけいって再び読書に集中した。俺の財布事情なんて知っておいてのその注文、まさに下衆の極み。

(…こいつ、俺が変な妄想してるなんて、知らないからいえんだろうなー)

いっそさっきの妄想を実物にぶつけてやろうか。そんな物騒なことを思ってみるも、孤高の薔薇の花弁ひとひらも奪う勇気が持てずにるチキンな俺。

だから一枚でも多く花弁をものにするために、今日も数え切れない棘を一本一本抜いてく作業に勤しむのだ。
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